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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)8570号 判決

原告 沖田清道

右訴訟代理人弁護士 石丸九郎

同 横地博

被告 (亡榎本九二八訴訟承継人) 榎本はる

〈ほか五名〉

右六名訴訟代理人弁護士 池田浩一

主文

一  原告に対し、被告榎本はるは、金一六六六円、被告榎本敏男、同榎本茂、同榎本シズ子、同榎本セツ子、同榎本勇は、それぞれ金六六六円、及びいずれも右各金員に対する昭和五〇年八月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  原告に対し、被告榎本はるは、金六万二一〇〇円、同榎本敏男、同榎本茂、同榎本シズ子、同榎本セツ子、同榎本勇は、それぞれ金二万四八四八円、及びいずれも右各金員に対する昭和五〇年八月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告が被告らに賃貸している別紙物件目録記載の農地の昭和五〇年度分(同年一月一日から同年一二月末日まで)の小作料は、被告榎本はるにつき金七万二四八〇円、同榎本敏男、同榎本茂、同榎本シズ子、同榎本セツ子、同榎本勇につき、それぞれ金二万八九九二円であることを確認する。

3  第1項につき、仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  主文第三項と同旨。

第二主張

一  請求の原因

1  別紙物件目録記載の農地(以下「本件農地」という。)は、原告の所有である。

2  原告は、昭和二五年一一月一日、被告らの被承継人である亡榎本九二八に対し、本件農地を、小作料は年額四六八円、その支払方法は毎年一二月にその年分を現金で支払う、との定めで賃貸し、昭和二六年一一月二三日、東京都板橋区農業委員会の承認を得た。

3  その後、小作料について改訂が重ねられ、昭和四七年度(同年一月一日から同年一二月末日まで)の小作料は年額五〇〇〇円である。

4  原告は、昭和四七年一二月二日、亡九二八に対し、昭和四八年度分以降の小作料は、本件農地に対する当該年度分の固定資産税及び都市計画税の合算額と同額に増額する旨の意思表示をした。その後、同四八年度分の固定資産税は四万八三一〇円、都市計画税は一万三八〇〇円(合計六万二一一〇円)と決った。

5  昭和四九年度分の固定資産税は九万六六四〇円、都市計画税は二万七六一〇円(合計一二万四二五〇円)であったので、原告は亡九二八に対し、同年六月一日到達の書面をもって、昭和四八年度分の小作料として六万二一一〇円を請求するとともに、昭和四九年度分の小作料は一二万四二五〇円となる旨を通告した。

6  榎本九二八は、昭和五〇年五月一三日死亡し、その妻である被告榎本はるが三分の一、その子であるその余の被告らが各一五分の二の割合で、賃借人の地位を相続により承継した。

7  昭和五〇年度の固定資産税は一六万九一二〇円、都市計画税は四万八三二〇円(合計二一万七四四〇円)であったので、原告は被告らに対し、昭和五〇年八月二五日送達の同月二〇日付原告準備書面をもって、同年度分の小作料は二一万七四四〇円(被告はるにつき七万二四八〇円、その余の被告らにつき各二万八九九二円)である旨を通告した。

8  ところで、農地法の一部を改正する法律(昭和四五年法律第五六号、以下「新農地法」という。)附則第八項は、同法施行の際に個人が賃借中の農地の小作料については、同法第二三条の適用を除外して、同法による改正前の農地法(以下「旧農地法」という。)第二一条が適用される旨を定めている。しかし、地方税法の一部を改正する法律(昭和四六年法律第一一号)により追加された地方税法附則第一九条の二、第一九条の三は、本件農地のように第一九条の三第一項の表第一号に掲げる市街化区域農地(いわゆるA農地)について宅地並み課税をすることとし、本件農地の固定資産税及び都市計画税は、昭和四八年度が六万二一一〇円、同四九年度が一二万四二五〇円と著増している。これに対し、小作料は、もし新農地法附則第八項により同法第二三条の増額請求が許されず、旧農地法第二一条の統制に服すべきであるとすると、年五〇〇〇円にすぎず、地主たる原告は、昭和四八年度で五万七一一〇円(小作料の一一倍)、同四九年度で一一万九三五〇円(同二四倍)の損失を受けるという矛盾を生じ、この矛盾は年々増大するばかりである。新農地法附則第九項は、農林大臣は、毎年経済事情等を勘案して、従前の最高額の基準を検討し、必要に応じてこれを改めることができる旨の規定を設けてはいるが、農林大臣は、右の検討はしたが、変更の必要を認めないとして、現在まで最高額の基準は変更されていないのである。

市街化調整区域内の農地については、もはや旧農地法の自作農主義、耕作者の農地取得促進の原則を維持する意義は失われており、かえってこれらの土地は、その後の社会情勢の変化、経済の高度成長等に伴う急激な市街化発展の障害となるものであって、このような土地の小作人の地位を維持するために、これらの経済事情の変化に逆行してまで、小作料を統制して低額に固執する必要はない。

地方税法附則第一九条の二、第一九条の三の新設により、A農地の小作料を固定資産税及び都市計画税の合算額よりも低額に統制する結果となった新農地法附則第八項の規定は、A農地の貸主に正当な補償をすることなしに、損失を強いるものであり、憲法第二九条第一、二、三項に違反し、無効である。したがって、原告のなした増額請求により、本件農地の小作料は、昭和四八年度分は六万二一一〇円、同四九年度分は一二万四二五〇円、同五〇年度分は二一万七四四〇円に増額された。

9  よって、原告は、昭和四八年度分及び同四九年度分の小作料合計一八万六三六〇円については、被告らの相続割合に応じて被告はるに対し、六万二一一〇円、その余の被告らに対し、それぞれ二万四八四八円、及びいずれも右各金員に対する履行期到来後である昭和五〇年八月二六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、昭和五〇年度分については、小作料が合計五〇〇〇円をこえ、被告はるにつき七万二四八〇円、その余の被告らにつきそれぞれ二万八九九二円であることの確認を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2のうち亡九二八が原告から本件農地を賃借していた事実は認めるが、その余の事実は不知。

3  同3の事実は認める。

4  同4のうち、主張の意思表示があったことは否認する。

その余の事実は不知。

5  同5のうち、主張の書面を受領したことは認めるが、その余の事実は不知。

6  同6の事実は認める。

7  同8の主張は争う。本件農地については、新農地法附則第八項により旧農地法第二一条が適用され、小作料が統制されているから、原告の増額請求は無効である。

三  抗弁

亡九二八は、昭和四八年一二月二日ごろ、原告方に五〇〇〇円を持参し、原告に同年度分の小作料としてこれを提供したところ、原告は受領を拒否した。そこで、九二八は、昭和四九年四月八日、右五〇〇〇円及びこれに対する遅延損害金四四円(合計五〇四四円)を原告のため弁済供託した。

四  抗弁事実の認否

被告ら主張の供託の事実は認める。

第三証拠≪省略≫

理由

一  亡榎本九二八が本件農地をその所有者である原告から賃借したこと及び榎本九二八が昭和五〇年五月一三日に死亡し、被告らが相続により原告主張の割合で賃借人の地位を承継したことは、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、右賃貸借契約の締結の日とその内容が原告主張のとおりであり、これについて原告主張のとおり東京都板橋区農業委員会の承認を得たことが認められる。その後小作料について改訂が重ねられ、昭和四七年度(同年一月一日から同年一二月末日まで)の小作料が年額五〇〇〇円となったことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件農地の小作料が昭和四八年度(同年一月一日から同年一二月末日まで)以降の分について増額改訂されたか否かについて検討する。

新農地法附則第八項は、同法施行の際現に設定されている賃借権(右賃借権に係る賃貸借がその後更新された場合も含む。)について、賃借人が個人である場合には、同法施行の日から起算して一〇年をこえない範囲内において政令で定める日までは、賃貸人に小作料増額請求権を認める同法二三条第一項を適用せず、小作料の最高額の統制を規定する旧農地法第二一条以下を引続き適用する旨を定めている。したがって、同法第二一条第一項にいう小作料の最高額が本件農地の場合年額五〇〇〇円(昭和四七年度の小作料)をこえることの主張も立証もない本件の場合にあっては、新農地法附則第八項、旧農地法第二一条第一項、第二二条第二項が憲法に違反しない限り、原告の小作料が増額されたとする主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことになる。よって、以下右法条が憲法第二九条各項に違反するとの原告の主張について判断を進める。

1  本件農地が都市計画法第七条第一項にいう市街化区域内の土地であることは、公知の事実であり、弁論の全趣旨によると、本件農地は、地方税法附則第一九条の三第一項の表の第一号に該当する農地(いわゆるA農地)であると認められる。そして、≪証拠省略≫によると、本件土地についての固定資産税額は、昭和四八年度から同五〇年度までがそれぞれ四万八三一〇円、九万六六四〇円、一六万九一二〇円、都市計画税額は、それぞれ、一万三八〇〇円、二万七六一〇円、四万八三二〇円であることが認められ、その合計額はそれぞれ、六万二二一〇円、一二万四二五〇円、二一万七四四〇円となるから、本件農地の小作料を年額五〇〇〇円とすると、小作料に比較して著しく高額のものであることは否定できない。

2  農地の小作料は、昭和一四年一二月一一日施行の小作料統制令によって統制を受けることとなり、この統制はその後、農地調整法、ついで旧農地法第二一条以下に受継がれたのであるが、昭和四五年一〇月一日施行の新農地法により廃止されるに至った。同法附則第八項は、現に継続中の小作関係で借主が個人である場合に限り、同法施行の日から一〇年以内の政令で定める日までなお旧農地法による小作料の統制を存続させているが、その趣旨は、約三〇年の長期にわたり小作料の統制による保護を受けて農業経営にあたってきた個人たる小作人についても小作料の統制を廃止すると、その経営に急激な変化を与える虞があることを考慮し、かつ同法附則第九項により、農林大臣をして最高額の改訂を行わしめることとも相俟って、一〇年の間に小作料の額を徐々に一般的な小作料水準に近づけることとし、もって小作料の統制を一時に撤廃することから生ずるであろう農業経営への急激な影響の緩和をはかったものと解せられる。

その後、昭和四六年法律第一一号により、地方税法附則第一九条の二、第一九条の三、第二七条の二等が新設されて、市街化区域内の農地についていわゆる宅地並み課税が漸次行われることとなり、その結果、前記のとおり、本件農地に対する課税額は、従前の小作料に比較して著しく高額となった。

3  原告は、地方税法附則が右のとおり改正されたことにより、小作料の統制を維持した新農地法附則第八項の規定は、憲法第二九条各項の規定に違反するものとなったと主張する

しかしながら、原告は、亡九二八との間で、旧農地法第二一条以下の小作料統制に関する諸規定が施行されていた昭和二五年一一月一日に本件農地を賃貸して、昭和二六年一一月二三日、農業委員会の承認を受たのであり(当時右の諸規定が憲法第二九条各項に違反するものでなかったことは、多言を要しない。)、その際、原告は、統制額をこえる小作料を取得できないこと、解約等が制限されていることを十分承知したうえで賃貸した筈であること、使用目的を耕作と定めて農地を賃貸した以上、その使用の対価である小作料が、当該農地の耕作によって通常得られる収益のうち社会的経済的にみて妥当とされる割合のものに限られてくることは、むしろ当然の事理であること、都市計画法第七条第二項は、市街化区域は、すでに市街地を形成している区域及びおおむね十年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域とする旨を定めており、市街化区域内の農地については、周囲の土地の市街化、宅地化に伴い、早晩、耕作の目的に供することが不適切、不可能となり、農地法第二〇条第二項第二号あるいは第五号に該当する場合として賃貸借の解消ないしは、使用目的の変更がはかられる事態に至ることがあるものと予想されるが、使用目的を耕作とする賃貸借が継続されている限り、固定資産税及び都市計画税の額が著しく上昇するというような賃貸当時に予想できなかった事情が生じても、小作料の額については前記のような制約が伴い、公租公課の上昇分を賃借人にたやすく転嫁できないのはやむを得ないところであること、小作料の統制の存続も、新農地法施行後一〇年というやや長い期間にわたるとはいえ、経過的な措置にすぎず、しかもその間、旧農地法第二一条第一項の基準については、農林大臣において、毎年経済事情等を勘案して検討を加え、その結果必要があるときは、その基準の変更を行うべきものとされている(新農地法附則第九項)こと、一方、固定資産税及び都市計画税は、直接的には資産の所有という事実に対して課税される財産課税であり、資産からの収益に対して課税される所得課税ではないばかりでなく、宅地並み課税とはいっても、固定資産税の課税標準額は類似宅地のそれの二分の一とされ(都市計画税の課税標準額は類似宅地のそれと同額)、しかも実施初年度の昭和四八年度から同五〇年度までは、さらにこれに、それぞれ〇・二、〇・四、〇・七を乗じた額に低減されていること、市街化区域農地のうちA農地以外の小作地については、固定資産税額及び都市計画税額の合算額のうち小作料の額をこえる部分について徴収猶予の制度も設けられていること(地方税法附則第二九条の四)等を考慮すると、新農地法附則第八項の規定が、その後地方税法附則第一九条の二、第一九条の三、第二七条の二等の新設によるいわゆる宅地並み課税が実施されたことにより憲法第二九条各項の合憲性を失い、これに違反するものとなるに至ったものは解せられない。

したがって、本件農地の小作料が昭和四八年度(同年一月一日から同年一二月末日まで)以降の分について増額改訂されたとの原告主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないというべきであり、本件農地の小作料は、昭和四八年一月一日以降も引続き年額五〇〇〇円ということになる。

三  昭和四八年度分の本件農地の小作料について、亡九二八が昭和四九年四月八日、原告のために小作料五〇〇〇円及び遅延損害金四四円を弁済供託したことは、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、亡九二八は、昭和四八年一二月二日、本件農地の小作料として五〇〇〇円を弁済のため原告に提供したが、その受領を拒絶されたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。してみると、亡九二八の右供託は、有効というべく、昭和四八年度分の小作料債務は、これによって消滅した以上、原告の請求中同年度分の小作料とこれに対する遅延損害金の支払いを求める部分は理由がないことに帰する。

四  亡九二八又は被告らが昭和四九年度分の小作料を支払ったことの主張立証はないから、右小作料についての原告の請求は、被告はるに対し五〇〇〇円の三分の一にあたる一六六六円、その余の被告らに対しそれぞれ五〇〇〇円の一五分の二にあたる六六六円(但し、いずれも円未満切捨て。)及び右各金員に対する弁済期後の昭和五〇年八月二六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においてのみ理由があるが、その余は理由がない。

また、昭和五〇年度分の小作料については、小作料の額が五〇〇〇円をこえ、原告主張のとおりであることの確認を求める原告の請求は、前示のとおり、理由がない。

五  よって、原告の請求を右理由のある限度において認容し、その余の部分を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平田浩 裁判官 比嘉正幸 園部秀穂)

〈以下省略〉

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